Tate-Action

(殺陣アクション)


Sword fight
KARATE
Hose Riding & Acting

Challenge

The Last Samusai

印象に残るために。

印象に残るためには何が必要なのか?
昔からこの問題に対面してきた。
自分の求める物を手に入れたい時。
特に自分の意思で手に入れる事が出来ない、「人に選んでもらう」時のことである。
昔から手のひらの上で拳をグルグルまわすことは好きではないので、必然的に「力量」で選んでもらう事しか出来なかった。つまり「必要な人材」となるか否かである。
そしてもうひとつ。
非常に重要な事であるがそれは
「オーラ」
である。
持って生まれた者もあるが、これを非常に強く感じたのがまだ10代であったころ、JAC(ジャパンアクションクラブ)の影の軍団選抜メンバーとして京都の東映撮影所にいっていた時の、数々の「スター」との出会いである。
師匠であった千葉真一はもちろんであるが、松田勇作、丹波哲郎、緒形拳など独特の空気を持っている銀幕スター達との出会いである。
この人たちが通るだけで空気が動いた!
その存在が何かを動かしている。黙っていても周囲の意思を集中させてしまう「引力」のようなものを持っている。
「欲しい」
とおもった。
その瞬間、どうしたら持つ事が出来るのか?と自問した。
早朝、日が昇る前、「走った!」
撮影が休みの時には山に走って入り、滝を見つけては打たれてみた。何か違う事を経験すれば何か得られると思った。
映画もたくさん見た。見たその足で喫茶店に入り感想文を書き、印象に残った場面やその理由に付いても分析した。オーラとは何だ?魅力とは何なのか?
このころ自分のポジションは、立ち廻りの切られ役、通行人がメイン。画面でセリフをしゃべるなど、ほど遠い立場だった。
演技の仕方などどのようにやるのか分からないので、もらう台本に赤線を引いたり、書き込みをしたりと自分なりに分析してみた。
周囲の先輩たちから「役でもないのに、本なんか読んだって仕方がないだろ」と言われ続けた。
立ち廻りが巧くなりたくて「飲みにいくぞ!」を遠慮して道場で練習した時「付き合いが悪い」と言われた。
自分が現場で先輩達より劣っているのを早く解消したかった。

そんなとき普段はあまり我々JACに良い顔をしていない東映剣会(つるぎかい)の人達が稽古を付けてくれた。

昔から東映で活躍されている剣会の方達からすると、新参者として入ってきたJACは自分たちの仕事を奪う「外敵」であった。
だからいつも現場で「気を使え!」と言われてきた。撮影セットに一番早くいって強力な磁石で釘拾い(現場で怪我をしないように)をし、絶対に腰掛けない(セットなどに)つまり立っている、気軽に話さない。などいつも低姿勢を取るように教育されていた。まだ18才だった自分は何が何だか分からなかったが言われる通りでしかなかった。

東映京都の撮影所には俳優が控える「俳優会館」という所がある。1階が衣装や結髪・化粧の準備をする場所、演技事務。2階がスター達の専用控え室。3階が剣会や出演俳優などの控え室、エレベーターのない一番上の端の部屋が我々JACのひかえ室、その斜め前が道場だった。

一人で黙々と木刀を振っていたとき、道場がガラガラと開いた。
中に入ってきたのは福本清三さんや剣会の人達
「なんや高良、お前一人か?」
「はい」
「どないした?」
「いや、自分下手なので稽古してました。」
「みんなは?」
「・・みんなは・・飲みにいきました・・・。」
「ふ〜ん・・ほうか・・・。」
「・・・・。」
「どや、一緒にやるか?」
「?・・。え、ええんですか?」
「ええもなんも、お前一人やろ、ひとりで稽古になるかい。」
「はっ・・はい!お願いします!!」

この夜から剣会の方達と一緒に稽古をさせてもらえる事になった。稽古には殺陣師といわれる現場で立ち廻りの振り付けをする先生も来てくれた、現場では新人は周囲の取り巻きでしかなく、実際に主役などと立ち廻る事が出来るのはベテランのカメラフレームを熟知している人達だった。そんなベテラン達でさえも道場で練習をしているのである。

現場では見向きもされなかった新人の自分が殺陣師に覚えてもらうようになったのはこの辺りからである。
剣会の人達があまりやらない 「トンボ」 と呼ばれる空中で一回転してバタンと床に落ちるカブキでよく見る派手なやられ方を専門のようにやらせてもらえるようになった。

その頃唯一の休みであった日曜日。撮影で使う馬を管理している乗馬センターが午前中の時間だけ馬に乗せてもらえたので、まだ乗馬の経験がなかった自分はそこに毎週通うことにした。
確か5千円だったと思う。
ただ乗馬センターとは聞こえは良いが、きちんと調教されている馬はほとんどいなく、こちらが乗りこなして調教するような感じだった。
だから馬が 「すごく怖かった。」 馬に騎乗するためにバタバタとしている馬に近づく時、馬は乗らせまいとして 「すごい眼」 でにらんでいることもあった。乗っても振り落とされたり、しがみついてやっと乗っても動かなかったり、動いても大きな円を描くように走らせようとしても走りたくないので小さくまわったり。

乗馬とは自分に取っては「戦い」だった。

こちらが勝つか、馬が勝つか。根気比べだった。
普通の乗馬教室に通っている人には理解出来ないかもしれない。
普通は「人馬一体」と教わるそうで馬の気持ちを優しく理解して馬と協力して乗りこなすようだとも聞いている。
でも「ごめんなさい。」とてもそんな心境ではなかった。
そんな優しい馬さん達はそこにはいませんでした。みんな競馬あがりやちょっと問題ありの方達が満載でこちらが油断していると後ろ足が飛んできて蹴られそうになります。
馬は仲間ではなく「動物」だったのです。こちらが主導権を握らないと言う事を聞いてくれません。こちらが弱いと危険です。
気を許す事は出来ませんでした。

後の話ですが合宿で訪れた場所で、調教されている馬に乗ったとき拍子抜けをしました。「感情のない車」に乗っているような感覚でした。
少なからず自分の乗ってきた馬は「動物」であり「走りたくない!」「乗せたくない!」「言う事を聞きたくない!」という感情がありそれをある時は「なだめて」ある時は「強引に引っぱり」またある時には「ムチで叩いて」乗ってきました。ただ降りる時にはどんな事があっても「ありがとうな!」と和解して・・・。
そんな「気持ちで」やってきたので「感情のない車」では「みんなが乗れると勘違いする」と思ったのでした。
普通の乗馬は良いですが、撮影で使う馬や撮影で走らせる時の馬の状態は普通の環境ではないからです。

すぐ脇で鉄砲がなったり、「ヨーイ、スタート!!」といった大きな声がしたと思ったら急に人が動いたり。
はたまた走り抜ける所を「ドッカーン」と爆発があったり!普通人間でも「恐怖」の場面を何も人間の言葉が分からない「動物」がビックリしない訳ないでしょう??
ほんとにその時の馬の眼は「恐怖に血走っている」ような状態です。パニックになっています。だから上に乗っている人間が「俺に任せておけ!!」といった具合に「どんと肝を据えて構えている」ことが重要なのです。
そうすると馬はさっきまで喧嘩してた人間の言う事を聞いてくれます。「あ〜馬も恐いんだな〜。」そう感じたものです。
動物もそうなんだから人間だって同じです。腹割って話せば何でも分かり合える・・・。のかな??

そんな乗馬?に毎週通っていました。

その甲斐あって撮影でも乗馬の機会が訪れはじめました。一番怖かったのは、伝令役の馬が走るシーンで、カメラを枠を過ぎて急ハンドルを切らないとそのまま崖に転落の危険のあるロケでした。松方弘樹さんが先頭を走りその後に続く自分は先頭の松方さんがカメラを過ぎると安全な脇道に入り、そこは狭いため松方さん一人専用で、自分はちょー危険な道に進んで行かなければなりませんでした。

主役は大事。その他は代わりはいくらでもいる。

悲しいかな現実は結構こんなものです。
とにかく必死になってこなしました。今思うと古き良き時代でした。なにせ仕事は毎日月曜〜土曜日まで朝7.30ロケ出発帰ってきて早い夕食後、夕方5時〜第3セットにて影の軍団ラス立ち(ラストの立ち廻り)終了、部屋の掃除片付け夜11時。です。
2年くらいペーペー(一番下っ端)でしたから朝は部屋の清掃及び扮装準備の為に5時に撮影所に入っていました。普通役者さんの着付けや結髪は専門のスタッフがやってくれますが、その他大勢は全部自分でやらなければなりません。この準備が結構時間がかかるので2時間前には準備をはじめなければなりませんでした・・・。ま〜そのうち早く出来るようになりましたけど。

このようにほぼ毎日がこのペースしかも日曜日もこのペース、遊んでいる暇もありません。っていうかそんな暇ありません。

この実にギュッとめちゃくちゃ濃い経験が役に立っていることは間違いありません。カメラワーク・フレームの感覚、自分の動きがどのように映るのか、人間関係、嫌な事。確かに若かったから出来たのかも知れません、どこかで率先して「バカ」になれることも学びました。「バカ」とは自分が興味を持っている事に対して「相手がこちらに来てくれる事を待つ」事ではなく自分が「アホ」になって飛び込んでいくことです。この「バカ」になって「アホ」になったほうがカッコつけて構えて待っているよりも目的到着に実に近道だからです。

”自分を必死に磨いて待っていれば誰かが何かをしてくれる”

前半は良いです。ただ後半の”待っていれば〜してくれる”はダメです。誰もなんもしてくれません。そんなこと望んじゃダメです。
あまりガツガツしては見栄えが悪いですがとにかく柔軟に臨機応変に行動する事が大事です。

話は飛びますがハリウッド映画「ラストサムライ」でもこのような事態がありました。何千人のオーディションを勝ち抜いたメンバーたちは自分たちを「選ばれた人間達」と思っていました。ま〜当然ですよね。
撮影でニュージーランドに入る半年まえから合同練習をしていてその頃から中心で演じる事になるであろう自分たちは立ち廻りでいうところの主役「芯」という「切る側」の練習を中心に稽古をしていました。「バトルコア」というほかの300人の人達を相手に稽古を努めて半年後、意気揚々と現地入り、渡辺謙さん、真田広之さん、そして我々5人+若手5人の少人数です。舞い上がっちゃいますよね、ハリウッド映画ですよ!トムですよ!でも現実はバッサリ。入ってから10日はよかったですが、その後日本からスタントチームのメンバーが入ってくると現場は一転、スタントチームの方が対応が良く、我々ホテルの部屋はシングル6畳ユニットバスに対してダブル12畳豪華バスルームと同じホテルにいるにも関わらず何故か差が付いていて、しかもスタントチームは我々のような日本での半年練習やオーディションなどもなく・・・。ちょっとプライドをもってやってきた我々は急にモチベーションがガックリでした。噂で聞いた事がありましたが、日本ではスタントマンの地位は下の下であるに対して、欧米では地位は高いという事は本当でした。中途半端な俳優よりも技術をもった人間は賞賛に値するのでした。
そんなフラストレーションの嫌な空気が流れる中で現場がはじまりました。一日が終了すると我々より先にスタントチームに終了時間の確認とオーバーワークの書類にサインしてください。という事態がありました。???何だこれは??という感じです。もしかして同じように立ち廻りに参加して同じように馬に乗っても我々は同じギャラでスタントチームは違うのか?という事になりました。
確かに我々は俳優として参加です。でもやっている危険度は同じです。みんなぐっと我慢しながらこなして来ましたが、あろう事か事件が起こってしまいました。それは我々俳優として参加しているにも関わらず、カメラ前で映る撮影にスタントチームが呼ばれて、馬で走るその他大勢のシーンに我々が呼ばれてしまった時です。要するに現地のスタッフはスタントだろうが我々だろうが一緒にいるただの「日本人」だと言う認識程度だったと言う事です。
これにはみんな傷つきました。
どん底に突き落とされました。

日本での稽古期間・現地入りしてからの渡辺謙さん・真田広之さんを含めたミーティング。
この作品を日本人として世界に誇れる作品にしよう!!だからみんなぞれぞれ現場で日本的ではない要望や指示が出た時には勇気を持って「それは日本ではあまり標準的ではありません、通常はこうです!」とスタッフに言っていこう。そうしなければ刀を左手で振り回したり、礼儀作法が間違っていたり、外国映画によくあるちょっと変わった日本人の描き方になってしまう。そんな駄作にしないために意識を高く持っていこう!!

みんなやる気を失いはじめていました。顔には生気がなくなっていまいした。ガックリと肩を落としてバスに乗り込んでいく時「このままじゃいけない」と思いました。このままだと作品にも影響が出る。
それまでのみんなとの話し合いでは「自分たちが頑張っていれば事態は必ず改善する、だから黙々と与えられた事を頑張ろう」といった意識統一を図っていましたが、果たして本当にそれでいいのか?と疑問に思いました。
こちら側の主観ではなく、外国人スタッフからは言葉が通じなく、何だか訳が分からずただ「ムスッ」としているような日本人にしか見えないのではないか?
相手が感じ取ってくれるのを待つには、時間が足りないのでは?
ただ刻々と時間と撮影が進んでいくのを待っていては、すべてが終わってしまうのでは?
あまり余裕はなさそうです。
一瞬迷いましたがみんながバスに乗り込んだ所でみんなに向かって話しかけたのでした。

「今俺たちの置かれいる状況は何かがおかしいと思う。俺たちはこんな思いをするために日本でも頑張って来たのか?・・・。」
「いままでいくつか話し合ったけれど、相手が理解してくれるのを待つには時間がないと思う。俺がこの状況を説明して何か解決策がないか話して来ます!」
そう言ってバスを飛び出していきました。
私たちのサポートをしていたアメリカ人スタッフの「スコット」と日本側の「リエナ・ヨーコさん」にまずこの思いを伝えてハリウッドのメインのスタッフ側に伝えました。

我々がどのようにして選ばれて来たのか、日本でどのようなポジションでみんなを牽引して来たのか、そして現場での待遇について。
ただ自分たちの不満だけを言っている訳ではなく、作品に影響が出るだけの所まで来ている事のほうが大きな問題点である事を必死に伝えたつもりでした。

次の日の朝、同じように朝ホテルの前に我々のメンバーをピックアップするバスが来て、みんは無言での乗り込りました。またいつもと同じ憂鬱な一日がはじまる。

着替えを済ませて、現場に着いた時、またいつものように適当に振り分けられると思っていたら「アンサンブル!」と我々が呼ばれました。そしてカメラ前のポジションで最初に我々の位置を決めてその後にスタントチームなどが周囲を埋めていくやり方に変わっていたのでした。そしてスタッフ側からこんな提案もありました。今の管轄は俳優のため「演出部」担当であるが、ポジションとしてアクションもこなすため、アンサンブルの位置づけはそのままで「スタント」管轄になってはどうかということでした。どういう事かというと、管轄が変われば待遇も変わるということです。送迎や滞在時の手当て、ホテルのランク、またギャランティーも今のままでは何をやっても固定給ですが、現場でアクションをこなすたびに手当てが付きます。(結果的にはこれで3桁単位のギャラがかわりました。)
この申し出はみんなの賛同を得るまでもなく受諾しました。もちろん一番喜んだことはこの交渉によって自分たちのモチベーションが回復したことでした。

このように自己主張は大変重要なことだと思います。ただ間違えてはいけないのが、あくまでも自分の立ち位置を踏まえて話すことが肝心です。これを勘違いして、ただ自分のして欲しい事だけ言っていると、まわりから鼻に付くだけでなく、大切な協力を得られなくなってしまう事にもなります。

自分の置かれている立場を考えて主張するべきことはする、引く所は引くといったメリハリがもてるようになりたいものです。

映画製作というものは俳優やスタッフ、製作、いろんな立場や考え方のプロが集まりものすごく個性が強い者同士の集まりです。ただひとつの「良い映画をつくる」という目標のために同じ方向見て進んでいきます。たまにはぶつかる事があってとしてもそれは「目標あっての前向きな意見」であって「作品を良くしたい」という思いからぶつかりなのでとても「熱い」のであります。
その充実感ゆえに一度やったらやめられなくなってしまうのがこの仕事の魅力なのでしょう。

その後半年間のハリウッド映画の撮影はとても貴重な自分の価値観が変わる経験がたくさんありました。
これまでの日本でのやり方、ハリウッドが求め考えていること。それを経験し、肌で感じてニュージーランドから帰国した自分は、帰りの飛行機のなかで「この貴重な経験を今までの自分の経験と交えたアクションを伝えよう」と思ったのでした。


印象に残るために・・・。

自分の目的を知り、己を磨き続けることで、いつしか誰にも持っていない自分の魅力を発することが出来る。

ただ迷わずに前進するのみである。

さぁ、あなたらしい未来のために、一歩踏み出そう!

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自分の魅力を発掘する
旅に出よう!

It discovers,Charm.

印象に残るために
必要な事は
“日々の努力の積み重ね”である。

Action Designer

高良隆志

Takashi Kora

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